母がお腹を痛めて産んでくれたあの日
父がいまかいまかと待ち望んで対面したあの日
あの日から、母も父も俺の両親になった。
楽しくもあれば大変なときだってあったはず。
一生懸命育ててくれた。

 

自分のお誕生日はお祝いしてもらえる日だと
子供の頃は大喜びだったけど
今日からは違う。
自分の誕生日は、親が親になった日。
自分の誕生日は、親に感謝をする日。

ーーー俺の誕生日は親子記念日ーーー

 

自分のお誕生日に親に感謝を伝えよう。

 


イベント詳細

【イベント概要】
母親または父親にありったけの感謝を伝えて、花束を渡す企画!!親も子どもも一生思い出に残る1日となります。(撮影した親子写真はご自身のお誕生日にプレゼント✨)

【日程】
ご自身のお誕生日よりも1ヶ月以上余裕をもってご予約ください。
完全オーダーメイド

【場所】
横濱写真館(根岸駅徒歩8分のスタジオ)

【参加費】98,000円税込〜

※日程は完全オーダーメイドなため、早めのご予約で日程を確保いたします。
※撮影に含まれるもの(贈呈用花束、親子写真、親のみまたはこどものみ)
+家族写真等の撮影追加はオプションにて承ります。
+ヘアメイク(オプションにて承ります)
※撮影前に、zoomにて当日のお打ち合わせをいたします。


企画メンバー紹介

Flowerdesigner 福島紗千子

この企画を世の中の沢山の方へ知っていただきたいと思ったのは、
親に感謝することが日本ではすごく少ないなと思ったことです。
なんだか恥ずかしい。わざわざ言葉にしなくても。私もそうでした。でも、両親も私を産んではじめて親になり一生懸命子育てしてきてくれたということが、年齢を重ね、自分が子育てしはじめた今だからこそ、親の無償の愛に気づくことが沢山ありました。
そんな中、統計データで、「死ぬときに一番後悔すること」は「愛する人にありがとうといえなかったこと」だと知りました。
愛する人の中に、、、、両親の顔が浮かびました。伝えたい想いは伝えられるうちに。親に感謝を伝えるきっかけをつくりたい。
毎年自分の誕生日=親に「感謝を伝える日」を文化にしたい。
親孝行フラワーで日本の幸福度があがり、今以上に心豊かな国となりますように。
2030年には、自分のお誕生日に親に感謝を伝えることがあたりまえの文化を目指しております。

 

写真家 齋藤久夫

余命宣告をきっかけに写真家の道を志しました。 だから誰よりも「時」の大切さをわかっているつもりです。
福島さんの話を聞いて「これは私にしか撮れない」そう思いました。

 

筆文字講師 玉城麻衣

『花贈り』は『心贈り』、というgrace.様の理念に心から共感しています。
筆文字における手書きの本質も、まさに“心を贈ること”にあります。
思いを形に、大切な人との心をつなぐこのプロジェクトに深く賛同しています。真心を込めて皆様の大切なご両親への思いを筆文字のメッセージにいたします。

 

ディレクター 近藤宏光

ガンになった。ステージ 4。余命は半年。 もう俺には時間がない

― 15 年前、夜遅くに仕事から帰宅すると、 父から静かに、落ち着いた声で言われた。
その声のトーンで事の重大さをハッキリと理解した。
その日から亡くなるまでの 10 か月、 育ててくれた父へ感謝を伝えるにはもちろん短すぎたけれど、
それまでの約 30 年で出来ていなかった父親への感謝を少しは伝えられたし、 父の遺影は、父が好きだった自宅の庭で、自分がシャッターを押した。 親に感謝を伝えるのは、いつでも出来ることじゃない。 そう学んだはずなのに、もう一人の親である母には出来ているだろうか。 照れくさい、なかなか素直に伝えられない、伝えているつもり、、、 そんな自分の想いをカタチにしてくれる、キッカケがあったなら。

誕生日に、親へ想いを伝えることを【文化】にしたい― 福島さんが、そう話すのを聞いた時、 このプロジェクトをお手伝いします、とその場で伝えました。

 

イベントに関するお問い合わせ
TEL 090-5550-4768(Flower shop grace.)
メール fsg@graceflower.jp

Kさん親子のストーリー



この写真は、Kさんが母親に感謝を伝えながら撮影した写真です。
どんな想いで渡した花束なのか綴ります。

おでん屋の息子として生まれたKさん。
中学校に入るとヤンキーグループに。
さんざんやんちゃして、補導されるたびにお母さんはいつも迎えに来てくれたと言います。

Kさんが一緒にやんちゃしていた友達を連れてきても、いつも何も言わずにおでんをお腹いっぱい食べさせてくれたそうです。
思春期の男の子たちは、どれだけお母さんの愛に助けられたことでしょう。

20 代になると家業であるおでん屋で働き始めますが、30 代になった時、父親と喧嘩し独立の道を選びます。
40 代の時に父が亡くなったことで、母 1 人のおでん屋に戻りました。
そして、50 代になった今、Kさんは中学生時代のやんちゃ仲間に母への想いをつづります。

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「介護。親の面倒。
さんざん迷惑かけた俺たちはいくら親孝行しても足らないと思う。
でも俺たちの気持ち分かってくれてると思うよ。
俺も毎日ケンカしてるけど〜。
今が一番幸せ って言ってくれてる〜涙出るよ。
価値。意味。
お母さんの顔見るだけで安心する。
嬉しく思う。
また逆もしかりそれが価値であり意味でもある。
お互いにまぁまぁ、いい歳のとり方してんじゃねぇ〜の。」

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撮影の日、お花を渡しながら積もる想いと共に「ありがとう」と。
お母さまの目には涙があふれ、想いが届いた瞬間でした。